目下、次回の企画展の準備中で、リーフレットのデザインが決定したところ。展示シナリオは書き終えて、出品リストも大体埋まり、パネルのレイアウトやグラフィック、それにケース内の資料配置など、これから現場の調整に入る段階です。開幕に向けてだんだんテンションが高まってゆくが、一方では開幕後の緊張の緩和とお客様の反応が待ち遠しい。展示作業に限らず、イベントに向かう時はこういう気分の高揚があって、一度味わうと病みつきになるものらしい。
今回の企画展は「真珠と想像力」というタイトルで、ひとが真珠に対して抱いてきた様々なイメージをご紹介しようというもの。たとえば朝露、月の光、涙、純潔と無垢の象徴、健康と長寿のお守り、「豚に真珠」の譬え等々、こうした真珠に対する多彩な言説はどこで生まれ、どのように伝承されたのかを明らかにしてみたい。インドの聖典、スリランカの記録をはじめとして、中国の詩や説話、信仰を核とした西欧の事例、そして近代の文芸作品に見られる比喩の例など引用は多数に渡る。ここでその一例をご紹介しておきますか。
まずビジュアルとして効果が高いのは『真珠の王国』(The Kingdom of the Pearl)という書物に収められた挿絵である。この本はアルメニア出身の天然真珠商人レオナール・ローゼンタールが著した書物で、全152ページの中に真珠の歴史や採取方法、商品価値や市場、その将来などについての解説が収められている。刊行年の記載はないが1919年以降と推定される。675部が印刷され、当館はNo.340を所蔵している。
フランスの挿絵画家エドマンド・デュラックがこの本に10葉の美しい水彩画を提供している。それらは「真珠の誕生」「象の真珠」「魚の真珠」「猪の真珠」「竹の真珠」「蛇の真珠」「雲の真珠」「愛の真珠」「護符の真珠」「兵士の真珠」の表題が与えられているが、ローゼンタールの本文内容とはまったく関係がなく、デュラック独自の世界を描いたもの。で、その表題に似た記述がスリランカの歴史記録である『マハーワンサ』に見られる。これは5世紀に成立したスリランカの歴史記録で、紀元前200年紀の記述「第11章 デヴァーナンピヤティッサ王の即位」に真珠採取と贈答の場面がある。
「…また、馬真珠、象真珠、車真珠、阿摩勒果真珠、腕環真珠、指環真珠、迦屈婆果真珠、そして自然真珠と名付けられた、これら8種の真珠は大海から現れて、山のように岸辺に打ち上げられた。これらすべてはデヴァーナンピヤティッサの徳の賜ものであった。(中略)多くの宝飾品と8種の真珠は7日のうちに王の許にもたらされた。王はこれらの財宝はわが友、マウリア王朝のアショカ王のほかに相応しい人はいない。よってこれらを贈物として彼に贈ろう。」(竹内雅夫『マハーワンサ』ブイツーソリューション 2017年)
スリランカの王がその徳によって得た8種類の真珠をインドの王に献じたことが記されている。残念ながら馬真珠、象真珠、車真珠が一体どのようなものか説明はないが、訳者の竹内雅夫さんの教示では阿摩勒果真珠、迦屈婆果真珠はそれぞれアーマラカ、カクダという植物の実で、アーマラカは和名をユカン、マラッカノキといい、その実は1.5センチから3センチになるという。それぞれ真珠の大きさや形状を示しているのだろうか。『マハーワンサ』についてはクンツがその著書で触れているが、日本語で読めるとは知らなかった。
他にも中国文献、キリスト教の経典、それに小説や詩に現れた真珠のイメージをまとめてご紹介する。真珠研究は理科系が主流で多くの業績が残されているが、文科系も負けてはいられない。お楽しみに。
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