土産物ショップの定番だった「真珠煎餅」が姿を消した。詳しい事情は知らないが、製造元の神楽堂は廃業、とネット上に表示されている。その名の通り真珠貝を象った鶏卵煎餅で、個別包装の中に真珠を模した小さな丸いキャンディが添えられていた。島の応接室で茶菓子はこの「真珠煎餅」と決まっていて、もてなしの際に一座を和やかな気分にしてくれたのだが、残念なことだ。 代替というわけではないが、アコヤガイの形をした和菓子はどれくらいあるのだろうか、調べてみた。
まず美しさの評価で賢島の老舗松井真珠店が販売する干菓子「真珠糖」を一番に挙げたい。明治の初代松井永次郎氏がアコヤガイ形の菓子を作る事を考案、伊賀上野の菓匠桔梗屋織居が木型を作成したが、あまりにも繊細な形状のため実際に菓子として日の目を見ることはなかった。この木型を平成16年に三代目の現当主松井耀司氏が蔵のなかで発見、桔梗屋に依頼して作られたのがこの干菓子で、松井家三代に渡る夢の実現といえる。茶道に通じていた初代がアコヤガイの形をした茶菓子がないのを寂しく思い、友人であった伊賀の菓匠に作成を懇請したという。アコヤガイを良く知った人の眼で木型の試作を重ねたのだろう、輪郭も膨らみも見事に写し取っている。その美しい形状を実現するために貝殻外周は繊細で脆く、とりわけ、蝶番両端の部分は欠けやすい。口にするときは割ってしまうとはいえ、茶菓子として供する場面で粗相をせぬよう念入りに扱わなければならない。口溶けは滑らかで和三盆の上品な甘さが楽しめる。後味も良いのはさすが老舗の仕事。なお、松井真珠店のホームページに由来の詳細がある。10個箱入り(貝殻6枚と真珠4個)で店頭価格は756円。
なぜか三重県内では他に見当たらず、次は高知県に移る。明治43年創業の土佐市の老舗北代菓子店が手作りする最中「土佐真珠最中」を紹介しよう。昭和30年代、土佐湾の中央に位置する浦ノ内湾で真珠養殖が盛んだった頃に二代目の主人が考案したという。真珠貝の貝殻を模した皮に小豆の粒餡がぎっしり詰まり、中心には真珠に見立てたという求肥が入っている(真珠というより貝柱ほどのボリューム)。貝殻の形状はやや縦長だが、アコヤガイ特有の蝶番左右にある突起や檜皮のような外側も表されている。程よい甘さの粒餡とまろやかな求肥が香ばしい皮と調和した一品。地元銘菓として永く愛されてきたのもうなずける。 その浦ノ内湾では明治42(1909)年、井上真珠が養殖事業を開始したが、業績をあげるまでには発展しなかった。昭和14年、高島真珠が経営の実権を引き継ぎ、戦時の中断を経て昭和33年に養殖を再開したと小栗宏『日本の真珠』(古今書院 昭和43年)に記されている。二代目が製造を思い立ったのはこの時期で、地元の産業として真珠養殖が脚光を浴びたことを偲ばせる。現在では行われていない模様だが、土地の記憶を留めるという点で貴重な品といえる。「土佐えいもん広場」というサイトで取り寄せができる。10個箱入りで1,620円。
次は現在も真珠養殖の盛んな愛媛県宇和島市から、市内の吉弘菓子舗が作る「伊予路真珠もなか」を取り寄せてみる。包装紙と個別包装に連珠模様をあしらい、アコヤガイを象った皮の中央には「うわじま」の文字と真珠いかだらしき形が浮き出ている。地元愛あふれる包装紙を開封すると青のりの香りが立ち上がる。白いんげん豆の滑らかなこし餡に青のりが加わった、なつかしく親しみのある味わい。真珠の入札に宇和島を訪れた業者の方々が土産に求めるのにふさわしい品だ。12個箱入りで1,985円。 最中部門の三番手はこれも四国。徳島県阿南市から老舗つるや菓子舗の「真珠最中」を求めた。同県東岸沿いの鳴門湾と橘湾一帯は昭和30年代以降、真珠養殖が盛んにおこなわれた地域である。三重県の養殖業者が橘湾を根拠として進出、地元の漁業者は彼らに供給する母貝を養殖し、共棲の態勢が出来上がっていたという。つるや菓子舗の「真珠最中」はその頃に製造を始め、60年以上も地元の支持を得て現在も同店の看板商品だ。土佐同様に阿南でもすでに養殖は行われていないが、最中はかつての地場産業の繁栄を思い出す、よすがとなっている。表に「銘菓眞珠」と彫られたアコヤガイ形の皮は縦横のバランスが整い、一番それらしく見える。半分に割ると小豆の粒餡の中から5ミリほどの真珠が現れる。銀色にコーティングされたチョコレートで、食べ方によっては気が付かないかも知れない。10個箱入りで1,500円。
これら三つの最中は日本全国の個性的な最中250点を集めた『全国もなかぼん』(書肆侃侃房)に掲載がない。同書には貝の形の最中としてサザエ、アサリ、バカガイ、カキ、ホタテ、ハマグリ、タイラギ、アゲマキが取り上げられているが、選に漏れたのだろうか。伊勢志摩と九州方面に見当たらないというのも予想外で、絶えたのか、それとも探索の手が及ばなかったのか。真珠最中の消息をご存知の方はご一報下さい。
(2022年3月28日)
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