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「人、真珠を歌う」館長ブログ180

 津市の三重県総合博物館で開催された「パール展」の一環で講演の機会が与えられた。真珠博物館設立の経緯やコレクションの成立などを主軸に、様々な角度から人と真珠の関わりを紹介したが、その中で「人、真珠を歌う」と題して、主に歌謡曲の歌詞で真珠がどのように扱われたかを取り上げた。以下にその概要を再構成してみる。

 なお、歌詞の引用は著作権上の手続きが必要なので、関心のある向きはネットで検索の上、実際の歌曲をお楽しみ頂きたい。

 真珠が歌でどのように取り上げられたか。大別してみた。大方の想像通りに、雨、涙の連想として用いられるケースが大半を占める。

 まず、雨につながる歌としては大正時代の「城ヶ島の雨」が挙げられる。詩人北原白秋が三浦半島の景勝地城ヶ島の実景に事寄せて、雨は真珠(のよう)と歌う。舞台となった三浦三崎は明治時代に東京大学が臨海実験所を開設した所で現在も活発な活動を展開している。白秋は知ってか知らずか、御木本幸吉が箕作佳吉の教えを受けた、養殖真珠誕生に関わる場所に降る雨を真珠と表現したのも、不思議な暗合といえようか。

 「雨の中の二人」(宮川哲夫 以下カッコ内は作詞家)は橋幸夫のヒット曲。真珠に譬えた雨と薔薇の花の取合せは、初夏から梅雨の情景を思わせる。団塊より上の世代にはお馴染みの曲だろう。

 昭和40年代に顕著なのは涙への連想で、真珠の(ような)涙、と直喩で表現される。「真珠の涙」はスパイダース(橋本淳)、同名の曲は美空ひばりにもあり、こちらは歌手自身の作詞。荒木一郎は「青い真珠」で星と真珠と涙を並べて歌う。

 昭和50年代後半の松田聖子「白いパラソル」、近藤真彦「ブルージーンズメモリー」、CCB「スワンの城」、小泉今日子「哀愁小町」、岩崎宏美「真珠のピリオド」など、作詞家松本隆に真珠を取り上げた歌が多く、涙への繋がりは定型化しているようだ。ヒット作「木綿のハンカチーフ」ではダイヤモンドと並べて、物質的な虚栄の例に数えている。

 井上陽水が中森明菜に提供した「飾りじゃないのよ涙は」では、涙は真珠に譬えられるように綺麗なだけのものではないと、松本隆の直接的な連想に異議を唱えているかのよう。こうした涙と真珠の結びつきは、平成から令和になるにつれて作例が少なくなったが、最近の朝比奈あきこ「涙の真珠」(さいとう大三)まで続いている。「人魚の涙」の呪縛は永遠に続くのか。

 人物を真珠に譬えた歌詞としては「おしゃべりな真珠」(安井かずみ)、中村晃子「なげきの真珠」(横井弘)、「淋しげな真珠」(荒木一郎)、近年の「いびつな真珠」(秋元康)が挙げられる。「おしゃべりな真珠」は今東光の原作を映画化、主演の伊東ゆかりが歌った主題曲だ。いうまでもなく真珠は彼女自身を含めて、登場する若い女性たちを指す。

 平成25年の「いびつな真珠」はAKB48チームAの劇場公演に提供された楽曲で、自らの中にある特質を価値のない真珠、変形、不良品あるいは模造として無視し、見過ごしていた態度に対する自省を表明した歌詞は、深い思索を伴って他に類がない。村下孝蔵の「ゆうこ」は堅く心を閉ざした女性を真珠、と綴っている。殻を閉ざすのは真珠貝ではないかと思うが、村下孝蔵の甘美なメロディに乗せて歌われると納得してしまうから妙。

 こうした比喩の他、ネックレスやピアスなど具体的なジュエリーとして登場する例に、ブルーコメッツ「北国の二人」(橋本淳)、加藤和彦「絹のシャツを着た女」(安井かずみ)、「真珠のピアス」(松任谷由実)がある。加藤和彦の曲は化粧品のキャンペーンソングに使われたタンゴ調。「真珠のピアス」でベッドの下に投げ入れたピアスはスリリングな役割を与えられ、短編小説の味わいがある。

 真珠そのものの美しさ、本質に触れた歌詞が少ないのは意外だが、昭和22年の「真珠」(武内俊子)は真珠の美点を端的に讃えた名作。唱歌なので大ヒットすることはなかっただろうが、真珠の生い立ちとその美しさを日本女性に投影して、虚心坦懐にしみじみと味わいたい一曲だ。武内俊子は童謡詩人として知られ、「かもめの水兵さん」、「リンゴのひとりごと」などがある。作曲者の松島つねは童謡、唱歌から宗教曲まで多数を手掛けた女性作曲家として名を残す。メロディは優雅にして美しく、子守歌のように郷愁を誘う。

 そして最後に真珠の特質を独特の感性で表現した、平成6年の井上陽水「真珠」を紹介しておきたい。真珠の形状と陰影、その名前の響きが永遠の魅力として歌われ、これこそ真珠に関わるすべての人々が聴いて知っておくべき名曲だ。

 CD『永遠のシュール』に収められており、陽水の最盛期の美声が堪能できる。


(松月清郎)

2024年9月3日


写真 (いずれも私物)

「青い真珠」の入った荒木一郎『続・星に歌おう』(左上)

「絹のシャツを着た女」は加藤和彦『うたかたのオペラ』に(右上)

「真珠のピリオド」は岩崎宏美の筒美京平作品集に(左下)

「真珠」は二曲目に。井上陽水『永遠のシュール』(右下)

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