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「マドレーヌとクッキー」館長のブログ161

真珠と真珠貝に関連するお菓子の調査。昨年の和菓子部門「干菓子と最中」、「あこやとしらたま」に続いて洋菓子を取り上げよう。貝のかたちの洋菓子といえばマドレーヌ。書物によればこの焼き菓子の由来は中世にまで遡るという。以前、この欄で紹介したサンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼がシンボルとして身に着けたのがホタテガイの貝殻だった。マドレーヌはその貝殻を使って焼き上げたもので、巡礼に振る舞われたのだという。他に王侯貴族が料理人に命じて焼かせたのが始まりという説もあって、いずれもマドレーヌという女性が創作したことになっている(諸説あります)。小麦粉にバター、卵と砂糖の組み合わせで、貝のかたちをした型に入れて焼くのだが、この型に二種類がある。ひとつは殻高(タテ)が殻長(ヨコ)に比べて長く、今一方はそれらがほぼ等しい円形を基調にしている。後者の方が実際の貝に近いかたちをしているのに対し、前者は現実に合致するような形状の貝は見当たらず、かろうじて放射状のみぞが貝殻を思わせる。後者のかたちはホタテガイといえばホタテだし、アコヤガイといっても通用する。

マドレーヌは洋菓子店の定番商品だが、ここでは鳥羽市のブランカが作る「シェル・レーヌ」をご紹介しよう。発売から30年ほどになるのか、今では同店の看板商品というに留まらず、三重県を代表する焼き菓子として高い評価を得ている。殻高70ミリ、殻長65ミリ、重さは37グラム。開封するとバターの香りが立ち上る。しっとりとした程よい甘味の生地が表面の軽い焼き目と調和して優しい余韻を残す。原材料に貝殻未焼成カルシウムが入っていることで、真珠貝のイメージを上手く重ね合わせている。お土産としても重宝するし、地元ではスーパーの店頭に常備されているので日常のお茶菓子に使われることも多い。プレーンの他に一口サイズのミニ、地元産のアオサ風味、チョコレート、期間限定でみじゅまるとコラボした塩キャラメル味があり、選ぶのも楽しい。

パールアイランド・マドレーヌはこのシェル・レーヌの包装を変えて、ミキモト真珠島のショップで販売している商品で、中身の美味しさは変わりがない。パッケージに注目すると、シェル・レーヌは蝶番が下にあるのに対して、パールアイランド・マドレーヌは上に蝶番が描かれた貝Mマークをまとっている。詳しくはバックナンバー145「貝マーク」と146「家紋」を参照頂くとして、蝶番の側を下にするほうが安定感を得やすいからか、マドレーヌはその向きが正位置のようだ。お値段は一個184円。

数年前、市場に現れたのが松阪市のボンタイムが製造する「HANADAMA(華珠))。貝殻を模した薄焼きのラングドシャを二枚、立体に組み立てて真珠貝のイメージを作り出している。背面の蝶番で接した貝殻は縦横ともに47ミリ。前面は37ミリの開口部で、中からはみ出すように20ミリの真珠を模した白いチョコレートが顔を見せる。貝殻と真珠を安定させている白いクリームは外套膜といったところか。その立体造形を眺めて、さてこれをどうやって食べるか、しばし思案。まず上の貝殻を外して、それをスプーン代わりにクリームを舐める。しかるのちに大きな真珠を齧り、続いてもう一枚の貝殻を食べると、あっという間に姿を消した。なにしろ16グラムと軽量なのでオジサンには物足りないが、きっと訴求対象が違うのだろう。251円と少々高価だが、開封した時は思わず頬が緩む。

「はなだま」は真珠業界の用語だったが、近頃では花珠あるいは華珠として一般に使われるようになった。昭和20年代の用語辞典には「はなだま」とあるだけで、漢字はのちにあてられたようだ。もともと最上級の真珠を指していう言葉で、あえていうならハナは端、つまり最先端の一番というような意味だったかと思われる。ちなみにハナ珠に次ぐのがドウ珠、その下がスソ珠なので、人体を上から示したとも考えられるが、いずれにしても現在のような美しい花のイメージは後から付けられたものだ。

さて、掉尾を飾るのは昨年、伊勢市の菓子工房ウェラボーヴが創作したクッキー「Boshell(ボシェル)」。ボは母、シェルは貝。ふたつを合わせて母貝となる。真珠養殖に使われるアコヤガイなどの貝をいう業界用語をもとにした造語のようで、真珠と真珠貝に対する愛情を感じさせる名前だ。1枚入りの貝殻は縦横70ミリ。中央が凹んで真珠貝らしいかたちをしている。その凹みに14ミリの真珠に擬したホワイトチョコレート。手作りらしくちょっとバロックなのはご愛敬か。貝殻の外側にはこれもアコヤガイの特徴である成長線が刻まれている。シェル・レーヌと同様に貝のカルシウムを用いているが、こちらはクッキーなのでサクサクとした軽快な食感が楽しめる。23グラムとやや軽量で価格は198円。今のところ販売店は限られているが、真珠島内のショップで入手可能。

シェル・レーヌの牙城に後発の華珠とボシェルがどこまで迫れるか。お茶のひと時に出せば真珠の話で盛り上がることだろう。まずはそれぞれお試しあれ。


松月清郎

2023年1月23日

写真①シェル・レーヌ(包装 中身)

写真②パールアイランド・マドレーヌ(包装)

写真③華珠(包装 成形された透明パッケージの中に 上の貝殻を外すと)

写真④ボシェル(包装 中に真珠が 貝殻の成長線が刻まれる)


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