先日は横浜と東京に遊び、いくつかの展覧会を見学したのでそのご報告。
まずは、イヨコハマ。港の見える丘公園にある神奈川県立近代文学館で開催中の「中島敦展」を見る。中島敦の作品は「山月記」と「李陵」を読んだ程度で、お世辞にも親しんでいるとはいえないが、私小説の要素がない透明な作風はどこか惹かれるものがある。祖父、何人かの伯父、それに父親が揃って漢学者あるいは教師という家庭に生まれ育ったと知れば、恵まれた環境のもとで才能は開花することに納得。隣接する大佛次郎記念館では「花と語らう―大佛次郎の花ごよみ」と題した企画展を開催中。二階の応接間を模した展示室の壁面が書棚になっており、そこはすべて大佛次郎の作品で埋め尽くされている。『天皇の世紀』あるいは『鞍馬天狗』といった作品名は記憶しているものの、それ以外無知だったことを思い知る機会となった。この作家には『夜の真珠』という長編小説があるが、ヒロインの隠喩として使われた表題のようで、作品中に真珠は姿を見せない。ここから観光スポット周遊バス「あかいくつ」でみなとみらいの横浜美術館に移動して「ルノアールとその周辺」展。パリのオランジェリー美術館所蔵の印象派の作品が作家別に展示される。無名だった画家たちを支援した画商がいたおかげで今日のパリの絵画コレクションが形作られたのだな。併設の「東西交流」展も興味深い作品が多々、横浜浮世絵や下村観山の泰西画の前で足を留めつつ館内を遊弋すれば外はすでに夕闇。街路樹を縛める青いイルミネーションが輝きを増す。
翌日。六本木の国立新美術館では「カルティエ、時の結晶」展。もう十年以上も前になるか、京都の醍醐寺で開かれた展覧会は暗いお堂の中に展示ケースを設えて意外な効果を出していたが、今回の展示も第1室はミステリー・クロック目指して暗黒の中を行かねばならず、足元がおぼつかない。作品だけが明るい照明計画は効果的だが、暗い足元や不確かな導線に気を取られてしまい、注意が散漫になる。カルティエ所蔵の歴史的作品と個人蔵の現代作品約300点をモティーフごとに同じケースあるいはブースで展示することで時代を超えた革新性を見せようとする試みのようだが、キャプションがあまりに小さく、宝石の煌きばかりに目を奪われることになった。ヘッドホンガイドを借りろということか。
続いて白金台の港区立郷土歴史館で開催中の「日本・オーストリア国交のはじまり」展。日本とオーストリアの修好開始150年を記念して開催された企画展で、オーストリア人写真家の撮影した明治初期の日本各地の風景写真が大きな画面で展示・上映される。写真を拡大することで、壁の落書きや髷姿の男性の指環など細部がわかり、これは当方が所蔵する鳥羽の古い写真で試してみると面白いかも知れない。この歴史館は昭和13年建設の公衆衛生院を再利用しており、建物だけでも一見の価値がある。
最後は三の丸尚蔵館の「大礼―慶祝のかたち」。昭和3年、昭和の大礼に際して三重県が献上した長柄の団扇「瑞鳳扇」が出品されている(12月8日まで)。真珠で取り巻いた金の枠の両面に金糸と真珠の鳳凰を配した工芸品で、御木本幸吉制作とあるが、もちろん本人の手に依るものではない。この扇の形は法隆寺に伝わる聖徳太子像の団扇を参考にしたという。御木本真珠店はこれに先行する「軍配扇」を明治40年に制作しており、その経験が生かされたものだろう。2013年、京都国立近代美術館で開催された「皇室の名宝」展以来の公開である。尚蔵館に納まる「真珠付団扇」と徳川美術館の「真珠付純金団扇」、それに当方の「軍配扇」とこの「瑞鳳扇」の4点を一堂に展示する機会はないものか、などと夢想しつつ、パンフレットで膨れた鞄を下げて帰路についた。
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